仏事あれこれ(2021年11月)
【問い】
やっと夫のお墓が決まったのですが、孫達に「おじいちゃんのお骨をお墓に入れたら、お仏壇(お内仏)は必要あるの?お骨がないなら、何の為にお仏壇に手を合わすの」と聞かれました。
何と答えたらいいのでしょうか。
80代 女性
【応え】
先月は①「お骨について」をテーマにして、お骨を大切にする理由の一つ、(1)「偲ぶ」を考えました。
今月はお骨を大切にする理由の二つ目、(2)「仰ぐ」を考えます。
大切な方の死は、偲ぶ者にとっては耐えがたい事実ですが、死の事実は故人だけでなく、私の事実でもあるという事です。
生まれたという事は、必ず死する今を生きていると言うことです。
しかし日常生活で「死」について考える事はネガティブな事とされることが多分にありますので、自分の問題にまで深まりにくい現実があります。
一度しか無い人生という事は分かっていても、いつ終わるのかは誰にも分かりません。
今なのか、数十年後なのか。
だから死に向き合わないということは、必ず来る自らの事実から目を背けていることになり、気付けばその時が来て、空しさを覚えるしかないのが人間だと仏は説きます。
私の母は突然死で、父は長患いでした。
どの生き方も選べませんし、医療がどれだけ進歩しても、死を免れることは出来ません。
だからこそ今が何よりも尊く愛しいのでしょう。
日頃はそのような一大事を忘れて、一喜一憂している私たちに、事実から目を背けず、私事として手を合わすことが願われているのだと、先達は受けとめられ、命日を大切にし、亡き人を大切な事を教える仏様と仰いでこられました。(2))
しかし私たちは、どれだけ今が大切だと教えられても、どれほど願われているのだと言われても、その事を考え続け、思い続けることは大変難しい事です。
そこで先達は、お骨を、お墓とお寺に預け、手を合わせてこられました。
その理由を②「仏様について」と題して聞いていきたいと思います。