仏事あれこれ(2024年1月)
【問い】
質問ではないんですが14歳頃から父親と話をしていません。
返ってくる言葉が分かっているので話す気になりませんでした。
でも何故話せないんだろうと思うときがあります。
21歳 男性
【応え】
随分永い間、話してませんね。
返ってくる言葉は、「ちゃんとやってるのか。ちゃんとしなさい」など、教育的指導のような話ばかりではないかとお察しします。
親になると、子どもの時に一番言われたくなかった言葉を言ってしまっている自分がいます。
心配だから言うのですが、本当に向き合った時の言葉でない事を知りながら、言っています。
大人になる事の厳しさを教えなければという自負心から、ついつい上から目線の言葉になってしまうのでしょう。
そんな言葉が続くと話したくなくなるのもよく分かります。
多分お父さんも今頃悩まれていると思います。
何故息子と素直に話せないのだろうかと。
先日ある男性に、自身の歩みを教えて頂きました。
その方は子どもを厳しく育てる方でした。
連れ合い様は常に子ども達に寄り添う優しい方でした。
その男性には「優しさ」が「甘さ」に思えていました。
だからいつも教育論で言い合いをしていました。
連れ合い様が病気になられました。
その事をきっかけに、「優しさ」の理由を教えてもらいました。
ご自身は鍵っ子で、学校から帰っても誰も居ない、ご飯が冷たかった事が寂しかったそうです。
だから自分の子ども達にはそのような思いをさせたくないので、学校から帰ってくる時には必ず家にいて「お帰り」と言い、暖かい食事を心がけていたそうです。
社会に出れば厳しいのだから、せめて家だけは暖かくありたいと思っていたそうです。
その事を聞いて、自分に見えていた「甘さ」は、寂しさを通した方から生まれた「優しさ」だった事に頭が下がられたそうです。
「私は正しい。争いの根はここにある」と仏は教えます。
自分の主張ばかりでは争いしか生み出しません。
相手の声に耳を傾けれた時、出遇いが生まれます。
一度「お父さんの若い頃はどんな事を考えていたのか」など尋ねてみると、嬉しくなって色々話してくれるかもしれません。
対話は大切です。