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仏事あれこれ(12月)

【問い】

家族が亡くなった縁で、浄土真宗でお参りをしてもらいました。
何に手を合わせ、どういう意味があるのでしょうか。

男性

【応え】

先月に続いて手を合わす事の意味を尋ねたいと思います。

どの宗教にも「本尊」があります。
それは頂いたいのちを生きて往く依り処や、いのちからの喚びかけと言っていいでしょう。
本尊を知らない人も、好きな言葉や、目指すべき人や方向など、何かしらを本尊として生きています。
必ずしも宗教的な形を取るとは限りません。
本尊には、どんな人生であっても迷わず、自分自身を生きてほしいという「願」があります。

大切な方の死。
それは見送る側の土台が崩れるほどの出来事です。
その出来事は、改めて今までの歩みを確かめさせ、そして出遇い直しを求めます。

本当に向き合ってきたのだろうか。
もっとすべき事があったのではないだろうか。
もっと伝えるべき言葉があったのではないだろうか。
どれだけ自問自答してもその問いが収まることはありません。
何故なら故人様の声ではないからです。
そこで浄土真宗では、故人様に「法名」(ほうみょう)をお付けし、仏さまと仰ぎ、仏からの喚び声を聞く道を大切にしています。

仏さまの第一声は、
「帰命無量寿如来」
(無量寿如来に帰命せよ)
「南無不可思議光」
(不可思議光に南無せよ)

「命はあなたが思う以上につながり合って生き合っている事を忘れては成りません。
そしてあなたはあなたが思う以上に守られ包まれています。
だからいのち(仏陀)の教えを聞く人に成ってください」と喚びかけています。

初めて聞く言葉かもしれませんが、実はお母さんのお腹の中ですでに聞かされていた、いのちのうた(願)なのです。
自己主張に明け暮れる世の中を生きるうちに、いのちのうたを忘れてしまう私たちですが、改めて故人様が私の仏(本尊)と成って導き、教えてくださいます。
すぐに受けとめる事は難しいですが、手を合わせつつ、ゆっくりと仰いでいけたらと思います。

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