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仏事あれこれ(2025年12月)

【問い】

開祖と呼ばれる人は、自分の教えを弘めたいのですか?

【応え】

昨今、色んな宗教や宗派があり、それぞれに開祖や教祖がおられます。
またそれぞれに救い方や説き方、そして歩み方(信仰生活)が違うので、宗教が混乱している時代です。

また家族の関わり方が変わってきましたので、今まで守ってきたお仏壇やお墓をどうしたら良いのか、そもそも何を守ってきたのかが分からなくなってきています。

ここで仏教を興されたお釈迦様の教えはどう言うもので、何を守り、どのように弘めようとされたのかを確かめます。

先ず、いのちある者はすべて、天上天下唯我独尊(どんな人でも、何歳であっても、誰とも比べる事が出来ない尊い存在)だと覚られました。

と同時に、人間だけがその尊さが分からずに、①本当の満足を知らず貪り合い、②常にケンカと奪い合いに終始し、③誰も自分の苦しみを分かってくれないと愚痴っていると覚られました。
だから「あなたは尊き存在でありながら、その事が全く分かっていない事を伝えつつ、尊き今を生きてもらう事」がお釈迦様が教えを説かれる理由です。
ですから、私のいう事を聞けとか、私を敬えとか、私を奉れなどという個人的な事は一切言われません。

体調を崩しお釈迦様に会いに行けない事を悔やむヴァッカリという弟子に対して、「腐っていく身を生きる私に会ったからといって何になりますか。
私が今まで伝えてきた教え(法)を大切にしなさい。
そしてあなた自身を大切にしなさい。
その教え(法)の中に私はいます。
私に会うという事は法(教え)に会うという事です」と諭されました。

もし開祖と言われる人が、「私を敬え」と言っているなら偽物でしょう。
また「教祖と崇めよ」と言っているなら承認欲求の塊でしょう。
そうではなくて、一人一人に、尊き今を生きる道(法)を与えるのが、「祖」と言われる方の本願でしょう。

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