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仏事あれこれ(2025年1月)

【問い】

「運」について教えて下さい

50代 男性

【応え】

「運が悪い」や「運命のイタズラ」などとよく言いますね。
「運」を小さい箱の中に自分を入れるようなものとして考えてみます。

人生は何か良い事があるものだと仮定した場合、経済・心身・地位名誉などの状況が良くなった時は大喜びですが、思いと反対の事になったら生きた心地がしません。
という事は、起こった状況に心が振り回されている状態です。すると、こんなに悪い事が続くなんて、過去に何かあったのか、家の向きが悪いか、不思議な力を持ってると言われている人に頼らなければいけないのかと、出口のない小さい箱の中でウロチョロするしかない状態に陥ってしまいます。
こんな状態を、「人事を尽くして天命を待つ」と言えるでしょうか。
やる事はやったから、後は運を天に任せるしかないお手上げ状態です。
覚悟が決まっていないから不安でいっぱいです。

仏教では、「運」ではなく、「宿業」と言います。
今起こっている出来事は、永い歴史の業縁で起こるべくして起こっている事実なので、私事として受けとめていくのです。
起こっている事実に、謎めいた因果で一喜一憂しないので、主体的に生きるということです。
このような生き方を明治に生きられた清澤満之師は「天命に安んじて人事を尽くす」と言い換えました。
お手上げ状態ではなく、どのような事実でも、その事に善し悪しを付けないで受けとめて生きて往くと
いう事です。

余談ですが、「天才バカボン」という漫画は、お釈迦様をモデルにしていて、どんな事があっても最後は「これでいいのだ」という覚りの言葉で終わります。
非常に大きな生き方です。

しかし私たちは、バカボンのパパのようには生きる事が出来ません。
やはり「何故私だけ」といって、嫌な出来事の前で泣き崩れるしかありません。
だからこそ、「運」ではなく、教えを聞きながら、共に「宿業の身」を生きて往きましょうと、お釈迦様は大道を明かにしてくださいました。

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