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仏事あれこれ(2026年2月)

【問い】

昨年、久しぶりに同窓会に参加しました。
学生時代の思い出話しは楽しかったのですが、子どもの学校や経済的な話になり、自慢話を聞かされてるようで疲れました。
そして比べて疲れてる自分が嫌になりました。比べなくても良い方法はありますか。

【応え】

「同窓」という言葉は、中国の故事「蛍雪の功」(けいせつのこう)からきているらしく、卒業式の歌「蛍の光、窓の雪」の窓を表すとの事です。
歌詞の中の窓は、学びや師を表し、共に机を並べて学んだことを懐かしむ会が同窓会なのでしょう。
しかしその場が、何となく居心地が悪いと辛いですね。

先月は、「窓」を用いて、窓の外(世の中)を覗いてみました。
窓の外は「違い」を見出し、比べる生き方を大切にしている世界でした。(先月号参照)

仏教は、「違い」を見出して頑張る世界を生きつつも、窓から自らの内を覗く事を大切にしています。
内観道(ないかんどう)と言います。仏様の教えで内を覗いてみると、外の世界で頑張れている人も、頑張れていない人も皆、苦しんでいるとあります。
どのように苦しんでいるかというと、何か足りないという「渇き」で苦しんでいるとあります。
喉が渇いている状態です。

経済的、学力的に勝ち組と言われている人は、もっと勝たなければと渇いているし、求めているものが何か分からない人は、どのような生き方が良いのかと答えのない答えや理想を求めて渇いているし、老病や人間関係などで立ち止まって心が動かない人は、どうしたら良いのかと渇いています。
今、何も問題もなく幸せな人も、心の隅っこで、「このままで良いのだろうか」と渇いていると言われます。
仏様の教えを通して、私の内側を覗いてみると、一見良く見えている人でも、心が渇いていて、一杯のお水を求めている事が見えるかも知れません。

久しぶりの同窓会では外側しか見えませんが、お互いの内側を見る縁が出来ると、比べるよりももっと、素敵な出会いになるかもしれませんね。

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