仏事あれこれ(2024年8月)
【問い】
高校生の娘は、感受性が強いのか、色々考えすぎて大勢の中に溶け込めず、自分でもどうしていいか悩んでいるようです。
親としてどう受けとめて、接していけば良いのかいつも考えています。
母
【応え】
頂いた言葉だけで娘さんの事をあれこれいう事はできませんが、まず感受性が強いという事は、人間の全体や、深いところを観る力が非常に強い方だと思います。
人それぞれに嬉しい事や悲しい事が違う事、やるべき事は分かっているけど中々出来ない矛盾を人は抱えている事、言いたいけど今はタイミング的に言わない方が良いのだろうかなど、色々な事が観えすぎて考えすぎて、どのように立ち居振る舞えば良いのか戸惑っているのかもしれませんね。
また大勢の中に溶け込めないとあります。
例えば「休み時間に、運動場で遊ぶ子は明るく、教室で本を読む子は暗い」という一般論があるかと思います。
しかし実際は、好きな本を読んでいる明るい子かもしれませんし、みんなが遊んでるから一緒に遊ばないと仲間はずれにされるかもしれないという暗さを抱えて運動場にいる子もいるかもしれません。
「大勢と一緒」が明るくて、「1人でいる」のが暗いわけではありません。
ではどのようにすればいいのでしょうか。
親鸞聖人は、明るさ暗さを決めつけないで、とことん向き合って、互いの思いを聞き合う座談を大切にされました。
それは大勢とではありませんし、1回ではありません。
心の声があふれるまで、100回でも200回でも場を共にされました。
その場の力によって、心の鎧や体のこわばりが取れれば、体の底の方から、本当にしたい事、言いたい事が溢れ出て来ます。
このたび頂いた問いは、あらゆる人の課題でもあります。
明るく見えている人でも、よくよく話しを聞いてみると、本当に向き合える友がいないという孤独を抱えています。
私も親鸞聖人にならって座談を大切にしています。
必ず出遇いが生まれます。
親子共に自分の内なる声に出遇う為に、座談を始めてみてはいかがでしょうか。