第108号 3月号(2025年)
蓮華蔵



緊張しているときは、「これでいいのかな、どうすればいいのかな」という「問い」の連続だから大変ですごく疲れます。
しかし自分自身が深まる過程で必ず必要なので、「成長する為の痛み」と表現されたのでしょう。
学生も社会人も新しい生活が始まる方にとっては、何事にも戸惑う緊張の時期です。
ワクワクする人もいれば、重圧に押しつぶされそうな人もいるでしょう。
そんな時は、少し場所を変えて、大きく3回深呼吸をして、成長痛だと受けとめて、自身の深まりを味わって下さい。
反対に「知ってる、やってる、分かってる、こんなもんだ、そんなもんだ」と投げやりになったとき、人から「緊張と問い」がなくなり、歩みが止まり、成長痛もなく、何の為に生きているのか分からなくなって、空しさに襲われて、心の方が痛んでしまうのではないでしょうか。
お釈迦様は、自らの内にある「問い」との出会いが、毎日を新しくさせ(諸行無常)、自分と深く深く出会わせてくれる(諸法無我)と教えられます。
老いる事も、病む事も、死ぬ事も、私に尊い「問い」を与える成長痛です。
「尊き緊張」を大切にして、共に歩みましょう。






