異なることを歎ぐ 第五条 其の三十二
~ 異なることを歎ぐ~ 第五条 其の三十二
人生で苦しみがなかった人はいるでしょうか。全くない人などいないでしょう。
すべての人が苦しみを経験していたとしても、その苦しみを生きる力に変えれる人と、苦しみの底に堕ちてしまって這い上がれない人に別れてしまいます。
その違いには何があるのでしょうか。
(『歎異抄』本文)
六道四生のあいだ、いずれの業苦にしずめりとも、神通方便をもってまず有縁を度すべきなりと云々
(意訳)
教えによって、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という迷いの歩みをしていたのは私だったと頷けたとき、神通力で救われるべきは、亡き人ではなく、見送る側の私でした。
「神通方便」~苦が生きる力になる時~
本文の最後には、「神通力をもってまず有縁の方々を救います」とあります。
神通力とは仏が衆生を救う時の六つの手立てです。
①神足通(すぐに駆けつける)
②天耳通(向き合い話しを聞く)
③他心通(心の声を聞く)
④宿命通(苦しみの背景を観る)
⑤天眼通(苦しみの本を知る)
⑥漏尽通(道と法を与える)
人の苦しみには、何かしらの背景と願いがあります。
上辺だけでは相手の事は決して分かりません。
また起こった事柄だけを見ているだけでは本当の意味でに大切な方を助けきることはできません。
またどれだけ寄り添ってもらっても、本当に向き合おうとしていくれているのか、本当の苦しみの本まで包む込んでくれるのか分からなければ、心を開くことは出来ません。
そして最も大切なことは、苦しみながらでも立ち上がり、歩むべき道を見出させてくれるかどうかです。
お釈迦様は、
自らを灯明とし他に依る事なかれ法を灯明とし他に依る事なかれ
自らの内面を深く深く尋ねて下さい。
絶対に他者に依存しないで下さい。
その為に仏の教えに問い聞いて下さい。
絶対に誰かの答えを、自分の答えにしないで下さい。
と教えられます。苦しく迷った時ほど、誰かに依存したいものですが絶対にダメだと言われます。
六神通してくれる方との出遇いで道は大きく変わってしまいます。