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仏事あれこれ(2025年6月)

【問い】

高校生の娘が何かを怖れ、宗教者に成りたいと言いました。
宗教は怖いイメージがあります。
何と言ってあげたら良いのでしょうか。

【応え】

その③
2回を通して、宗教とは何か、またどんな時に宗教を求めるのかを考えてきました。
体調や人間関係、精神的に良くない状態の時に求める宗教もあります。
また結束力を強化し、目的を達成する為や、平和の実現に宗教が用いられる事もあります。
いずれにしても、人間の願望を満たす事を「救い」として宗教があるといっても良いでしょう。

しかし満たされる事が本当の救いなのでしょうか。
体調が良くなったり、願望が満たされたとしても、
それで終わりません。
もうちょっとという願いがまた次の救いを渇仰します。
反対に願望が満たされなかった時には、神も仏もあるものか、誰も私の苦しみを分かってくれない、私ほど不幸な者はいない、宗教なんか信じられないと愚痴るしかないのでしょうか。
これらは極端な例かもしれませんが、実際に多額の献金を強いられながらも、本当の救いもなく破産してしまう人もいます。また信じる事と依存している事の判断が付かず、社会生活が出来なくなってしまう場合もあります。
どちらにしても人間の願望の闇をしっかりと学び、どんな時でも自分自身を大切にする教えに出遇う事が大変重要になります。
1度しかない尊い一期を大切に歩む為に、宗教を確かめる目安を紹介したいと思います。

まず一尊教は避けて下さい。教祖と呼ばれる1人の人が尊く、その人の教えさえ信じていれば救われると説く宗教は疑って下さい。
何故ならは、救いが自分の外にあるからです。
何かにすがりたい時や、どうすることも出来ない時ほど、自分以外に依存することで癒やさていく事も分かります。

しかし依存するという事は、その方の中から出る、真の道を知りたいという尊き問いを奪い、考える事を拒否させ、自らを確かめ生き合う仲間がいなくなるからです。
その事をお釈迦様はよく分かっておられたので、私たちに二尊教を勧められました。

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