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異なることを歎ぐ 第五条 其の三十一

~ 異なることを歎ぐ~ 第五条 其の三十一

人は、①地獄②餓鬼③ 畜生④修羅⑤人⑥ 天という六つの生き方( 六道)で迷いを重ね、苦しみに沈んでいるとお釈迦様は説かれます。
そのような実感があるでしょうか。
六道が生み出す苦しみを尋ねてみます。

(『歎異抄』本文)

六道四生のあいだ、いずれの業苦にしずめりとも、神通方便をもってまず有縁を度すべきなりと云々

(意訳)

教えによって、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という迷いの歩みをしていたのは私でした。
そのように頷けたとき、救われるべきは、亡き人ではなく、見送る側の私でした。

業苦に沈む

人は「六道」という生き方で迷いを重ね苦しみに沈んでいるとお釈迦様は教えられます。
その苦とは①生苦②老苦③病苦④死苦⑤愛別離苦(あいべつり)⑥怨憎会苦(おんぞうえ)⑦求不得苦(ぐふとく)⑧五蘊盛苦(ごうんじょう)の八つの苦に分けて説かれます。

②老いる苦しみ③病む苦しみ④死ぬ苦しみは説明無しに苦しいですね。また⑤愛する者(事)と別離する苦しみ、⑥怨らみ憎しむ者と生きなければならない苦しみ( 怨憎会苦)も説明がいりません。
また、「あれが欲しい、人より偉く成りたい、もっともっと」と求めているものがあっても叶わない事(⑦求不得苦)も苦しいです。

朝、ちゃんと目覚めてくれる健康な身体であっても、生きる事が辛く、道が見出せない空しさの中では疎ましく思ってしまいます(⑧五蘊盛苦)。
その様な苦しさの中では、この世に誕生してきたことさえも苦しみになってしまいます(①生苦)。

私たちは苦を除き、苦を避けて生きたいと願っているので、八苦を並べて考える事はありません。
しかし争いや貪り、空しさや孤独(六道)の生き方は、必ず八つの苦しみを生み出すことを見抜かれているお釈迦様にとっては、六道を生きている自分自身と向き合って欲しいと願われます。
そして苦しみに沈む私たちを、神通方便(心通わす道)をもって、救いたいと誓われます。

次号へつづく

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