あとがき(2024年7月)
●米粒一粒にも仏さまがいるから大切に」。昔はそのように仏さまを説いてきた
●先輩のお寺にご門徒のおじいさんが来た。「小学生の孫に、米粒には仏さまがいるといつも教えていた
が、先日嘘つきと言われた。担任の先生に米粒の話をしたら、あなたのおじいちゃんは嘘を教えていると言われたと。米粒には、仏さまではなくて、タンパク質と炭水化物と水分しかないと言われた。絶対にいると言ったら、顕微鏡で見せられた。いなかった」と。何て答えたら良いのかと相談に来られた
●そんな先生がいるのかと談笑しながらも、「教理として成り立ち、合理的に理解が出来、物質的
に目に見えて存在する物以外は無い」とする教育現場に危機感を覚えた
●その話をお参り先で話すと、「うちの孫にも米粒の話をしている。すると、仏さまがいるなら噛めないなぁ」とその方のお孫さんはいうそうだ
●子ども達には、一人一人分け隔てなく大きく包む仏さまが見えているのだろう。大人になって「眼が曇る」とはまさにこういう事をいうのだろう。担任の先生だけでなく、大人の営みは、仏さまを殺しながらの毎日ではないだろうか。嘘つき呼ばわりから始まった仏縁にナム。