サンガの建設144
感動ポルノ「苦しめている事が分かっていない」
先日「感動ポルノ」について学びました。
これは、身体障害者が、健常者に同情や感動をもたらすコンテンツ(文章・動画・音声など媒体を通じて伝える事)として消費されることを批判したステラ・ヤング氏の言葉です。
氏は骨形成不全症を患い、障害者人権活動家で「私は皆さんの感動の対象ではありません」と題したスピーチをされ、その際に使用した言葉が「感動ポルノ」です。
障害を負った経緯や障害による負担、また障害者本人の内なる声を正面から聞くのではなく、積極的に前向きに努力する姿や障害に耐えて乗り越えようとする姿、また懸命に何かを達成しようとする場面だけを取り上げて、テレビ受けする様に厳選され放映している事を問題にされています。
いわゆる「お涙頂戴」の場面だけを障害者のイメージにしてしまっている事を問題提起されています。
英国では、「困難に耐えて頑張る姿や憐れむべき犠牲者として描くことは侮辱につながる」というガイドラインを制定しているそうです。
日本では、NHKの「バリバラ~障害者情報バラエティー~」で、「頑張る障害者像」に疑問を投げかけ、「感動ポルノ」について論じられていたそうです。
先天性四肢欠損症の障害を持つ乙武洋匡氏も、「真面目で頑張り屋」という世間的なイメージで苦しめられてきたことで、むしろ見下されていると不快に感じてこられたそうです。
先月号の蓮華蔵表紙に書きました、「幻の○○像」に苦しむ生き方は、「こうあらねばならない」という自分自身の思い込みがその本にありますが、世間のイメージによる「幻の障害者像」によって苦しめている事が、全く分かっていないという問題があることを教えていただきました。
自分の内なる声と、他の声を聞き合う世界は出会いと広がりを生み出しますが、他者の声も自分の声も聞かない世界は閉じ、存在を消し、孤独にさせてしまう社会しか生まないのでしょう。
聞く事は本当に大切です。