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仏事あれこれ(2025年10月)

【問い】

蓮華蔵の4面に「愚痴ゃ愚痴ゃ言い合いませんか」と書いてありますが、愚痴を言っていいんですか。

50代 女性

【応え】

「愚痴ゃ愚痴ゃ言い合いませんか」と書いた背景があります。
お釈迦様が説かれた御経に「仏説観無量寿経」があります。
そこには修復不可能な家族関係でどうしていいか分からず悩んでいるイダイケという女性が登場します。
幸いにもお釈迦様とご縁があったので相談にのってもらうのですが、愚痴のありったけをぶつけます。
しかしお釈迦様は何も言わず黙って聞いてくれています。
散々愚痴るんですが、イダイケの心は少しずつ落ち着いてきました。
そしてついに、お釈迦様の様な生き方をしたいと願うほどになったという内容が説かれてあります。

私はお釈迦様ではありませんので、愚痴る人を救う事も、問題を解決する事も出来ません。
しかし本当の意味で自分自身と向き合う事が出来るその時が来るまで、一緒に立ち止まれたら良いなと思っています。

しかし愚痴るにも注意が必要です。
一方的に愚痴を言って、黙って聞き続けてくれるのはお釈迦様だけです。
カウンセリングで愚痴るのも時間制限があります。
どれだけ優しいお母さんであっても、なりふり構わず愚痴ると大変な事になります。ではどうすれば良いのでしょうか。

親鸞聖人は、「講」(こう)を大切にされました。
「講」とは、①教えを聞きつつ、②他者の声を聞きつつ、③自分の思いを語ります。
いわゆる座談会です。
そして改めて④自分の思いを教えに確かめ合う集いを言います。

愚痴とは、「1回しかない人生を私らしく生きたい」という道を求める心(求道心)の叫びなのです。
何もしなければ愚痴で終わりますが、「講」との出遇いが、どんな時でも生きて往く道を与えてくれるでしょう。
愚痴は無くならないけれども、有意義な愚痴となる事を願っています。
一度愚痴りに来てみませんか。

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