あとがき(2023年11月)
●「幸せは、なるものではなくて気づくもの」。あるお寺の掲示板の言葉
●長男の友の母が亡くなられた。ご縁が整って葬儀を勤めさせて頂いた。枕経の時に故人様の人柄や、家族との歩みなどを教えてもらい法名をお付けした。夫婦お互いの性格や、色々ぶつかり合ってきたこと。病いが分かってからは後悔しないように、出来ることは全部やろうと思って過ごしてきた事など、たくさん教えていただいた。その歩み一つ一つが何ものにも変え難いものであったと述懐された。そして幸せに成ろうと頑張ってきたけれども、彼女に出会えた事、彼女が私の為に生きてくれた事がすでに幸せだったのだと改めて気付かされたと言って深々と頭を下げられた。幸せを頂き続けてきたことに気付けた以上に幸せはあるだろうかと思った。言う方も言われた方も幸せ極まりない
●しかし愛してくれる人がいない日常が始まった。だからこそ頂き続けてきた愛に気付かされ続ける歩みが大切なのだと思う
●今、世界は幸せになろうとして自己主張を繰り返しケンカしている。「そうではないよ」と喚びかけ続ける多くの声があるのだが、頭が下がっていない者に、その喚び声は届かないし聞こえないだろう。