仏事あれこれ(2025年11月)
【問い】
よく「依り処」とか、「居場所」とか聞きますが、どういうところの事をいうのでしょうか。
大学生
【応え】
「依り処」や「居場所」を、そのまま読みますと、「一人ではなく気持ちが寄りかかれる人や言葉がある場所」であったり、「気兼ねなく居て良い場所」と解釈しても良いのではないでしょうか。
人間にとって一番辛いのは「一人ぼっち」ではないでしょうか。
誰とも関わりがない事ほど寂しい事はありません。
「私」という言葉がある意味は、他者がいるからだと教えてもらったことがあります。
他者がいなければ「私」という言葉も生まれないからです。
ですから必ず他者と関わってしか生きれないように作られているのが人間なのでしょう。
一方で「一人」が好きという人もいますが、人に変わる何かがあるから平気なのでしょう。
その「何か」が大変重要だと思います。
「正信偈」の中に「自分も他者も疑い合う世界(疑)は迷いの家に住んでいるようなものだが、自分とも他者とも向き合い、聞き合い、確かめ合える世界(信)は、生きやすく無条件で居心地の良い楽(みやこ)にいるようなものだ」とあります。
依り処や居場所が、自分にとって都合の良い人が居る場所だとすると、都合が悪くなると一気に嫌な場所になります。
そうではなくて、良いときも調子が悪いときも、ダメなことをしたときも、しっかりと向き合い、互いの内なる声に耳を傾け合う関係がある事で、それぞれの現場が依り処や居場所になるのでしょう。
依り処のある生活を「念仏生活」と言ってきました。
「念」は、あちらこちらに気持ちが散漫する(心)に蓋(今)をすると書きます。
「仏」は自分の内側に目覚める(仏)と訳します。
依り処も居場所も、誰かに作ってもらったり、どこか違う場所にあるのではなく、大切な人や言葉を通して自分の内側に目覚めて、今、ここに作っていく処をいうのでしょう。
是非、作ってください。