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仏事あれこれ(2025年5月)

【問い】

高校生の娘が何かを怖れ、宗教者に成りたいと言いました。
宗教は怖いイメージがあります。
何と言ってあげたら良いのでしょうか。

【応え】

その②
先月より、人間は何故宗教を求めるのかを考えています。

大谷派の僧侶、清澤満之(きよざわまんし)という方の言葉に、
パンの為、職責の為、人道の為、国家の為、富国強兵の為に、功名栄華の為に宗教があるのではありません。人心(じんしん)の至奥(しおう)より出(い)づる至盛(しじょう)の要求の為に宗教があるのです
とあります。

私達の関心は、先ず食べる(パン)事です。
その為に働き(職責)ます。
そして人を大切(人道)にし、共に所属する関係(国家)を大切にします。
そしてその関係を守り豊にする為に奪い、戦い(富国強兵)ます。
しかしせっかく生まれたのだから大きな事を成し遂げ、名を残したい(功名栄華)と思いが募ります。
それらの達成の為に神仏が護持されてきた側面があります。
しかし本当はそうではなくて、人の一番奥(至奥)にある、最も盛んな(至盛)要求の為にあるのだと言われます。

その要求は、世間的に満たされていようがなかろうが、「私は何の為に生まれてきて、何を求めているのだろう。
そして何処へ向かって生きているのだろうか」という問いとして、誰の中にも生まれてきます。

その問いが出てくるのは、老いや病に伏したときかもしれません。
また愛する人との離別や、人間関係で困り果てたときかも知れません。
また順調だったはずの人生計画に変化が生じた時かもしれません。
いずれにしても何も問題がないからといって、その問いが無いのではなく、誰の中にもあって、その時を待って自覚的になってくる問いです。
その問いを宗教心と言い、その問いを明かにするためにお釈迦様は教えを説かれたのだと、清澤満之師は言われます。

宗教者に成りたいと言われたお子様には、大切な問いが生まれたのでしょう。その問いに耳を傾ける事から始めてはいかがでしょうか。つづく

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