異なることを歎ぐ 第四条 其の二十二
~ 異なることを歎ぐ~ 第四条 其の二十二
第四条は、「慈悲」(じひ)について書かれています。「慈悲」は日常語ではないので分かりにくいですが、「やさしさ」と訳して読み進めていきたいと思います。
「やさしさ」にも聖道(しょうどう)と浄土(じょうど)の2種類あるという文から始まります。
(『歎異抄』本文)
慈悲に、
聖道・浄土の
かわりめあり。(超訳)
やさしさには、
人間が起こすやさしさと仏によるやさしさがあり
この2つのやさしさは全く違います。
慈悲とは
慈悲とは、抜苦与楽(苦を抜いて楽を与える)と言います。
苦しむ者から苦を抜き、楽(安心や道)を与えるのですから「やさしさ」と訳してもいいでしょう。
まず苦しみから確かめます。
仏は、人間は8つの苦しみの中を生きていると説きます。
①生(生まれて来た事)
②老(老いる事)
③病(病気になる事)
④死(死ぬ事)
⑤愛別離(愛着するものとの別れ)
⑥怨憎会(憎しみ合う者との日常)
⑦求不得(求めるものが得れない)
⑦五蘊盛(思い通りにならない自分)
以上の8つは、この世に誕生した命あるものの避けがたい事実ですから、8つの事実をそのまま受け入れて、嫌がらずに生きて、そして死んでいける者に成れたら悟りです。
その悟りとは、世の中の競争や争いに巻き込まれても、愛する人と死に別れても、思い通りにならない事が起こっても、虚心坦懐に生きる事が出来るという事です。
その様な生き方は中々出来そうもありませんし、もし目指そうとするなら、あまりにも殺風景な人生になるのではと心配になります。
しかし人間の思いを超えて事実はやってきて、その中を生きなければなりません。
その苦しみと、どのように向き合い(抜苦)、歩み(与楽)に変えていけるのかが、人類始まって以来の課題です。
そこで親鸞聖人は、聖道と浄土という2つの「やさしさ」を提示して、私たちの歩みを確かめます。