仏事あれこれ(3月)
【問い】
亡くなったあと49日間(7週間)過ごすのには何か意味があるんですか?
【応え】
今回(3週間目)は、文殊菩薩の、「智慧」(ちえ)という優しさを頂く事の意味を尋ねましょう。
「智慧」は仏さまの優しさ、「知恵」は世の中を生きていく術の事を言い、意味が違います。世の中を生きていく知恵として、
①親切心(布施(ふせ))
②有言実行(持戒(じかい))
③忍耐(忍辱(にんにく))
④努力(精進(しょうじん))
⑤反省(禅定(ぜんじょう))
の5つが大切にされています。
人は関係の中で生かされているので、①②の知恵が大切です。
そしてその知恵を実践する為には、③④の知恵が最も重要になりますが、私達は仏さまではないので長く続きません。
その時こそ、⑤の知恵に立つ事を通して①②の知恵を回復する事が出来るのです。
ですから5つの知恵を、自力の限りを尽くして実践することは非常に大切な事です。
しかし大切な方を亡くすと、5つの知恵を実践する意味も力も無くなってしまいます。
良かれと思ってやってきた①も②も、積み重ねてきた思い出も空しく思えてくるのです。
自力で尽くしてきたことの意味を見失うと、人は空っぽになってしまいます。
生きているのか、ただ動いているだけなのか分からなくなります。
その様な、人間が大切にしている自力の脆(もろ)さを包み、命とは、絶対他力の中で、問答無用で支えらて在るという事を懇切丁寧に教えてくださる方を文殊菩薩と言います。
その優しさを「智慧」と言います。
力の限りに生きていけている時は、「智慧」には気付けません。
「智慧」が無いわけではないんですが、力のある者、「知恵」が間に合っている者には見えないのです。
しかし力なくして道を求めた時初めて、「智慧」に支えられて在った私に出遇う事が出来ます。
先立たれた大切な方を、智慧に遇う「時」を私に与え、決してその「時」を失わさせない仏様に成られたと仰う事が、3週間目で願われています。