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サンガの建設119

1人の死は悲劇だが、集団の死は・・・

先の言葉は、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)の先頭に立ったアドルフ・アイヒマンの言葉で、「集団の死は統計上の数字に過ぎない」と語りました。
ガス室等で殺されたユダヤ人は600万人以上とも言われています。
しかし実際は600万人を虐殺したという統計ではなく、その一人一人に名前があり、家族があり、多様な人生を生きる一人に対する虐殺が、600万回繰り返されたと受け取られなければならないはず
です。
アイヒマンは元々、反ユダヤ主義ではなく、最初から虐殺をするような考えではありませんでしたが、学歴コンプレックスや、世の中に対する不満、ヒトラーとの出遇いが重なり、命が軽く見えるようになっていったと裁判で語っています。

そして戦争を、虐殺をやめる事が出来ない大きな理由に、命令が絶対すぎて、「大切ないのち」という大きな視点が欠け、一人の命が見えなくなるという事があると語っています。
ロシア・ウクライナ戦やガザ地区での戦闘行為も、世界中から中止を求める声が発せられています。
それにもかかわらず、止めることが出来ないのは、互いの主張が視野を狭くさせ、一人の顔が見えなくなっている事にあるのでしょう。
特に病院へ空爆などは、命を統計上の数字にしか見えていない事が現れています。
国同士の争いだけでなく、家族であっても、顔が見えなくなった時、悲劇が起こります。
今こそ「命」を教わる時なのでしょう。

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