1. HOME
  2. 書き物
  3. 正信偈を受く
  4. 真宗の伝承 七高僧に遇う 其の百三十九

真宗の伝承 七高僧に遇う 其の百三十九

高齢の法然上人を前にして、念仏の道をどのように護持し、伝えていくのかが門弟達の課題になりました。
そこで教えの要を書いて欲しいという要望に応えて、次の世の人達が迷わないように
「一枚起請文」(いちまいきしょうもん)を綴られました。

迷うな、惑うな。

私が説く念仏の道は、智慧のある人達が論じているような仏さまを心に思い描く観想の念仏ではありませんし、学問をして念仏の深い意味を悟った後にする念仏でもありません。
ただただ南無阿弥陀仏と称え、私を必ず救うと誓う仏の教えを信頼して、私の人生を真っ直ぐに歩ませて頂く(往生極楽)以外に、特別な事は何もありません。
信頼する条件として、自分の罪を深く慙愧したり、一心不乱に真面目に生きる事が必要だと言われますが、それは仏のはたらきによって為されることなので、頑張ってそのような者になろうとせず、ただただ手を合わせ教えを信頼するだけで良いのです。

「一枚起請文」(前半)

法然上人が亡くなる二日前に一枚の紙に綴られた遺言とも言うべきお手紙(一枚起請文)です。
そこには、「困難な歩みの後にしか救いはない」と弘まっている誤った仏教理解を非常に懸念されている様子が見受けられます。
そして、誰もがその人のままで平等に救われる道(往生極楽)は決して難しいものではないのだと教えられています。
人間社会は賢哲(けんてつ)・愚夫(ぐぶ)・豪貴(ごうき)・鄙賤(ひせん)という能力や身分の違いによる差別があることは否めません。
だからこそ仏さまは立ち上がられ、「いのちの世界は本来全く違いは無いのだから、喧嘩をせず、皆平等のいのちを生き合う朋となるのです」と道を説かれました。
だから法然上人は、仏に成るのではなく、仏が説く道を信頼して歩む者になるしかないのですと、念仏道を勧め続けられてきました。

源空光明はなたしめ
門徒につねにみせしめき
賢哲・愚夫もえらばれず
豪貴・鄙賤もへだてなし

法然(源空)を讃えた讃

関連記事